概要 研究活動 教育活動 教育方針
ホームページ http://www.tmd.ac.jp/grad/bch/bch-J.htm

スタッフ

職名 氏名(カナ) 研究者情報
教授 渡部 徹郎(ワタベ テツロウ)
助教 小林 美穂(コバヤシ ミホ)
助教 井上 カタジナアンナ(イノウエ カタジナアンナ)
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概要

がんは依然として日本における死因のトップであり、有効な治療法の開発は急務であるす。近年では腫瘍ががん細胞を中心として血管や間質などの多種類の細胞から微小環境を形成していることが明らかになり、治療の標的も多岐にわたりつつある。我々はがん細胞が悪性化して遠隔臓器へと転移する機構を明らかにすることにより、新規分子標的治療法の開発を目指している。さらに、がん微小環境におけるがん細胞以外の腫瘍血管 ·リンパ管やがん間質の形成の機構を解明することによって、がんの複合的な新規治療法の開発を試みている。
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研究活動

(1) 内皮間葉移行 (EndMT) によるがん間質の形成機構の解明
 腫瘍組織における「がん間質」に存在する「がん関連線維芽細胞 (CAF)」にはがん細胞の増殖と悪性化を誘導することが明らかとなっているため、その生成機構の解明は重要な意義を持つ。近年 CAF の約 3 割が血管内皮細胞から内皮間葉移行 (endothelial-to-mesenchymal transition: EndMT) という過程を経て生成することが報告されたことから、がんの悪性化における EndMT の重要性に注目が集まっている。私たちはさまざまな種類の血管内皮細胞が腫瘍微小環境において豊富に存在する transforming growth factor (TGF)-βにより間葉系細胞へと分化することを見出してきた(第75回日本癌学会にて発表)。本分野においては、TGF-βによる EndMT の誘導を調節する新たな因子の同定を試みるとともに、EndMT により生成した間葉系細胞において発現するマーカーの系統的探索を行う。EndMT はがん以外でも心疾患や糖尿病など患者数が多い疾患の悪性化因子であることが明らかとなっているので、得られた知見はこうした疾患の治療法の開発に役立つことが期待される。

(2) 腫瘍血管 · リンパ管を標的としたがんの進展と転移の抑制への試み
 血管は全身に分布し、末梢組織へ酸素と栄養分を供給したり、組織の老廃物の廃棄などという重要な役割を果たしている。この血管系とは別に組織液の排水路を形成するものがリンパ管であり、末梢組織において毛細リンパ管は血管から漏出した間質液などを吸収し,血管へと戻すことにより体液の恒常性の維持を行っている。一方、がん細胞が増殖する際に必要な酸素や栄養分を供給するために、腫瘍血管の新生は必須である。また、がん細胞が肺や肝臓などの遠隔臓器へ転移する際に血管とリンパ管は主要な経路となる。以上の理由から血管 · リンパ管はがん治療の重要な標的となっており、すでに血管内皮増殖因子 (VEGF) に対する抗体などは臨床応用されている。しかし、腫瘍によっては VEGF シグナルの阻害が腫瘍血管抑制に有効でない場合もあり、血管 · リンパ管形成を調節するシグナルの解明は重要な意義を持っている。我々は TGF-βや骨形成因子 (bone morphogenetic protein: BMP) が血管 · リンパ管の形成を調節することを報告してきた。本分野では BMP シグナルを抑制するツールの開発などを通じて、これまでの基礎研究の成果を応用に活かしていくことを試みている。加えて我々は、血管・リンパ管新生の負の調節因子であるvasohibin-1(VASH1)が、血管新生を抑制する分子メカニズムを解明した。本分野ではVASH1の機能解析を通じて、腫瘍進展の抑制を目指した基礎研究を進めている。

(3) がん細胞の悪性化機構の解明
 がん微小環境において豊富に存在するTGF-βは、がん細胞の上皮間葉移行(Epithelial-Mesenchymal Transition: EMT)を引き起こすことにより、がんの悪性化、特にがん細胞の浸潤・転移を促進することが明らかとなっている。口腔がんにおいても、遠隔臓器への転移が予後不良因子であるが、その悪性化機構には未解明な部分が多く残されている。我々は、様々な培養細胞そして個体レベルの解析を通じて、口腔がんの悪性化機構を明らかにしてきた。現在、TGF-βシグナルにより発現が変動する遺伝子の解析を通じて、新たな治療標的の同定を試みている。

(4) 脱チロシン化酵素VASH1の生理的役割の解明
 VEGF刺激により内皮細胞において発現が誘導されるVASH1が、脱チロシン化酵素であるとして再同定された。脱チロシン化は微小管の翻訳後修飾の一つであり、細胞分裂時のクロモゾーム分配や心筋の機能的拍動など様々な生理現象において重要な役割を果たすことが分かっている。我々は、VASH1の生理的機能における脱チロシン化酵素としての役割を分子的に解明することを目指して基礎研究を進めている。

(5) シャペロン依存性オートファジーの分子機構:非天然アミノ酸導入を用いたLAMP2Aのアセンブリの解析
細胞内の恒常性維持には不要なタンパク質が適切に除去されるしくみが不可欠である。細胞内におけるタンパク質分解反応には大別するとリソソームを介する経路とプロテアソームを介する経路がある。リソソームを介する経路では多くの場合、分解されるタンパク質を含んだ小胞(エンドソーム・ファゴソーム・オートファゴソームなど)とリソソームが融合する。これに対してシャペロン依存性オートファジー(Chaperone-mediated autophagy, 以下CMAと略記)は分解されるタンパク質がシャペロンによってリソソーム膜上に運ばれ直接リソソーム内に取り込まれるというユニークな様式をもつ。CMAは血清除去に伴い活性化される現象として発見されたが、近年では胚性幹細胞の多分化能維持や造血幹細胞の機能維持にCMAが重要な役割を果たすことが報告されている。一方CMAの機能不全は神経変性疾患や筋疾患の原因となり、逆にがんでは過度なCMAが悪性化を引き起こすことが指摘されている。しかしCMAの機能的重要性の研究は進展しているのに対してCMAの分子機構には未解明な部分が多く残されている。
Lysosomal-associated membrane protein 2A (LAMP2A)はCMAにおいて基質タンパク質・シャペロンがリソソーム膜に結合する足場となる。LAMP2Aはリソソーム膜に豊富に存在する1回膜貫通型の糖タンパク質である。LAMP2Aのタンパク質の大部分はリソソームの内腔側に存在し、細胞質側に突き出したわずか11アミノ酸残基の短いペプチド部分が足場となる。LAMP2Aの内腔側は二つの相同なサブドメインから構成されており、私達は結晶構造解析によりサブドメインがユニークな三角柱の構造をとることを報告した (BBRC, 2016)。しかしLAMP2Aの分子全体がどのような構造をとって足場を提示するかは不明だった。
CMAにおけるLAMP2Aの役割の構造基盤を得るために、拡張遺伝暗号を用いた部位特異的な非天然型アミノ酸導入技術(理化学研究所との共同研究)を用いてLAMP2A同士のリソソーム膜上での相互作用の解析をおこなった。その結果LAMP2Aは膜に近いサブドメインの三角柱の特定の面を向かい合わせた構造をとること、この構造がとれない場合にはCMA活性が低下すること、を明らかにした。この結果はリソソーム内腔側でのLAMP2A同士の相互作用が足場となる短いペプチド部分を一定の配置でリソソーム膜上に提示することを示唆し、LAMP2Aを軸としたCMAの分子機構解明の大きな手がかりとなると考えている (Autophagy, 2021)。
またCMAにおいて直接の相互作用が証明されていなかったLAMP2AとシャペロンHsc70との架橋形成を示すことに成功した(ECR, 2022)。

(6) ヘパラン硫酸プロテオグライカン、エクソソーム、上皮間葉移行
がんの転移は生命予後を決める最も重要な因子である。がんに由来する細胞外小胞(エクソソーム)は転移の異なる段階において重要な役割を果たす。がん由来エクソソームは上皮間葉移行の誘導、浸潤、運動、血管新生の亢進を介してがんの悪性化に関与する。ヘパラン硫酸プロテオグライカン(HSPGs)は細胞表面に存在して細胞外からのリガンドに対する受容体となる。HSPGに依存するシグナルはがんの増殖、血管新生、転移を制御する。HSPGはがん由来エクソソームの形成と細胞内への取り込みに関与することが示唆されているが詳細は明らかになっていない。そこでHSPGの関与に注目してがん由来エクソソームに含まれる分子を明らかにし、がん由来エクソソームと標的細胞との相互作用・細胞内移行に関与するタンパク質の同定を目指す。


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教育活動

学部教育では、歯学部歯学科の第2学年のモジュール「生命の分子的基盤」のユニットの中で、「細胞機能の分子的基盤」および「生命の分子的基盤実習」を担当した。「細胞機能の分子的基盤」では生体膜の構造と機能および膜輸送、細胞内物質輸送、細胞外マトリックス、細胞骨格に関わる分子の構造・機能および制御についての講義をおこなった。また「生命の分子的基盤実習」を指導した。ボーダレス講義「がん制御の基礎からのアプローチ」をおこなった。口腔保健衛生専攻の1年生「栄養と代謝」の講義(生体の構成要素、糖質と脂質の代謝、生体における恒常性の維持)を担当した。
大学院教育では博士課程講義として研究の進め方について、さまざまな実例を示すことを目的とし、細胞外マトリックスに関連した講義をおこなった。
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教育方針

学部教育では学生が生体高分子の構造と機能に基づいて細胞機能を理解できるよう、生化学の基礎知識を習得させる。大学院教育においては、細胞機能を分子レベルで理解するために必要な実験手法と能力をもつ人材を育成する。
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