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研究活動

脊椎動物の形態形成、器官形成は、さまざまなシグナル分子が時間的空間的に細胞を誘導することにより成立する。また、これら多くのシグナル分子の破綻が疾患の発症にも結びついている。したがって発生・分化を制御するシグナル分子によるシグナル伝達ネットワークの解明は形態形成、器官形成機構、さらには疾患の発症機構を明らかにする上で重要課題となる。本研究分野では発生過程における形態形成、器官形成を制御するTGF-β及びWntシグナル伝達及び偽性低アルドステロン症Ⅱ型の原因遺伝子WNKプロテインキナーゼに着目し、解析を進めている。

1.  ツメガエルを用いたcanonical Wntシグナル伝達経路の解析
 Wntシグナル伝達経路は種々の生物において高度に保存されたシグナル伝達経路であり、ガンや胚発生において重要な役割を担っている。Wntシグナル伝達経路はその作用機序から3つに分類される。 (1)β-catenin/TCFを介した転写活性化経路 (canonical)、(2)カルシウム流入を介したシグナル経路 (non-canonical)、(3)Rho、JNKを介し、細胞極性に関わるPCP経路(non-canonical)。canonical Wntシグナル伝達経路は、リガンドであるWntと膜タンパク質であるFrizzled及びLRPとの結合により誘起される。定常状態においてAPC/Axin/GSK-3β複合体の存在下で、CK1、GSK-3βによりβ-cateninはリン酸化され、その後にユビキチン化され、プロテアソームにおいて分解される。一方、Wnt刺激はDVLを介して、このβ-cateninを分解する働きを有するAPC/Axin/GSK-3β複合体を不活化する。その結果、蓄積した細胞質中のβ-cateninは核内へ移行し、転写因子Tcfやc-junと結合し、Wntの下流(標的)遺伝子の転写を活性化する。
 ツメガエルの胚発生では、canonical Wntシグナル伝達は初期胚の背腹運命の決定など重要な役割を有しており、原腸胚期の背側におけるcanonical Wntシグナルの活性化が背側組織を誘導するWnt標的遺伝子(Xnr3, Siamois, Xtwnなど)の転写を活性化する、また、発生後期の神経胚期では頭部でのcanonical Wntシグナル伝達の抑制が頭部形成に必要となる。このようにツメガエル胚はcanonical Wntシグナル伝達の解析に適したモデル動物である。

IQGAP1のcanonical Wntシグナル伝達経路での役割
 我々はWntシグナル伝達の解明を目的とし、DVLの結合因子の単離を試み、質量分析解析(LC-MS/MS)により、新規DVL1結合候補としてIQGAP1を同定した。IQGAP1はRac1、Cdc42、Clip170、APCなどと結合し、細胞運動や極性を制御することが報告されている。また、IQGAP1がWntシグナル伝達におけるβ-cateninを介した転写活性化経路に関与していることも示唆されているが、その詳細なメカニズムは謎であった。我々はこれまでにDVLとIQGAPの関係、さらにそれらの分子のcanonical Wntシグナル伝達での機能を解析し、①xDVL2/xIQGAP1/β-cateninが複合体を形成し、核内移行すること、②ツメガエル胚におけるxIQGAP1の機能消失により、Wnt標的遺伝子の発現が抑制されたことなど、xIQGAP1がcanonical Wntシグナル伝達経路においてDVLとβ-cateninの核移行に寄与する機構こと、③xIQGAP1と直接結合するxImportin-β5とxRan1の機能消失実験等から、xImportin-β5とxRan1がIQGAP1を介し、canonical Wntシグナル伝達経路におけるDVLとβ-cateninの核内移行に寄与することを明らかにした。

 さらに、我々はIQGAP1を介した核内移行機構の解析を進め、下記のような新たな知見を得ることができた。
1、xIQGAP1は培養細胞において、xRanGEFと同様に活性化型Ran(GTP-bound Ran)を増加させること。
2、xIQGAP1は活性化型Ran(GTP-bound Ran)よりも非活性化型Ran(GDP-bound Ran)に強く結合すること。
3、xIQGAP1はin vitroの系で、xRanGAPによる活性化型RanのGTPの加水分解(GAP活性)を抑制すること。
4、xIQGAP1は活性化型RanとxRanGAPの結合を阻害することで、xRanGAPによるGTPの加水分解を抑制していること。
5、in vitroの系で、xRanGEFのようなRanにGTPを付加させる(GEF活性)機能は有さなかったこと。
6、xIQGAP1により活性化型RanとxRanGEFの結合は阻害されなかったこと。
以上の結果より、IQGAP1とRanの相互作用(活性化型Ranの維持等)がcanonical Wntシグナル伝達経路には必須であることが示された。

WDR26のcanonical Wntシグナル伝達経路での役割
最近我々はcanonical Wntシグナル伝達経路におけるβ-cateninの分解機構を解明することを目的とし、β-cateninの分解複合体を形成するタンパク質の一つであるAxin1に結合するタンパク質の単離を試み、質量分析計解析(LC-MS/MS)を行った。その結果、Axin1と結合するタンパク質としてWDR26を同定した(図1A、培養細胞を用いたWDR26によるAxin1の免疫沈降)。WDR26はタンパク質間の相互作用に関するLisH-、CTLH-、WD40 Repeat-ドメインを有し、複数のタンパク質との結合が予測されるタンパク質である。さて、出芽酵母において、9つのglucose-induced degradation-deficient (GID)が単離されており、GID6を除いたGID複合体を形成し、ポリユビキチン化酵素として機能している。脊椎動物におけるGID遺伝子のホモログ遺伝子は以下の通りである。GID1/RanBP9; GID2/Rmnd5; GID3/UBE2H; GID4/C17ors39; GID5/ARMc8; GID7/WDR26; GID8/TWA1; GID9/MAEA。したがって、WDR26がタンパク質の分解に関与していることが推測されるが、脊椎動物での分解機能に関する知見はまだ報告されていない。

以上のような背景から、我々はWDR26を介したβ-cateninの分解機構の解析を進め、下記のような知見を得ることができた。

1、WDR26はLisH-ドメインを介してAxin1と結合していることが明らかとなった。また、Axin1はGSK-3β結合ドメインを含むタンパク質の中央部分でWDR26と結合することが明らかとなった。
2、ツメガエルにおけるWDR26の発現は初期神経胚期以後に頭部に局在することが分かった。
3、ツメガエル胚において、WDR26のモルフォリノオリゴ(xWDR26-MO)のマイクロインジェクションによる頭部領域でのノックダウンにより、頭部形成不全が確認できた。これはWDR26のノックダウンにより頭部領域でのcanonical Wntシグナル伝達が抑制されていないことを示唆する。
4、ツメガエルの原腸胚期に背側で発現するWnt標的遺伝子はXwnt-8のmRNAの腹側への発現によって誘導される。Xwnt-8により腹側に誘導されたWnt標的遺伝子はWDR26の発現により減少し、WDR26のノックダウン(xWDR26-MO)により増加することが分かった。これはWDR26がcanonical Wntシグナル伝達を負に制御することを示唆する。
5、培養細胞系の解析において、WDR26の発現によりβ-catenin のタンパク質は分解され、siRNAによるWDR26のノックダウンによりβ-catenin のタンパク質は安定化することが分かった。
6、WDR26はβ-catenin とは直接結合しないことから、Axin1を介在してβ-catenin の分解に関わっていることが示唆された。このことはAxin1との結合ドメインを欠損したWDR26-delta-LisHのコンストラクトではツメガエルのWnt標的遺伝子の発現抑制が確認できず、また、培養細胞系の解析により、WDR26-delta-LisHではβ-cateninの分解が起こらなかったことからも示唆された。
7、培養細胞系の解析において、WDR26はAxin1との共作用によってβ-cateninのユビキチン化を促進していることが明らかになった。

以上の結果より、WDR26とAxin1の相互作用によりβ-cateninが分解されることを明らかとし、canonical Wntシグナル伝達経路での新たな作用機序が示唆された。

2.  偽性低アルドステロン症Ⅱ型の原因遺伝子、WNKプロテインキナーゼ
 セリン/スレオニンキナーゼWNK(with no lysine(K))ファミリーは、線虫・ショウジョウバエからほ乳類に至るまで保存されており、ほ乳類には4つのWNKファミリー分子が存在する。その内、WNK1及びWNK4は偽性低アルドステロン症II型(PHAII)と呼ばれる常染色体優性遺伝性の高血圧症の原因遺伝子として同定されている。さらにWNK1は、ている。当研究室において、WNK→SPAK/OSR1→Na,K,Cl共輸送体というシグナル伝達経路が存在することを示し、その制御異常がPHAIIで見られる高血圧症の発症原因の一つになっていることを示すことができた。しかしながら、このシグナル経路の制御異常が、PHAIIで見られる他の病態、歯や骨の発育不全や精神発達遅延などの原因とは考えにくく、他のシグナル経路の存在が予想された。そこで我々は、新たにWNKに関与する因子の探索を行い、解析を行っている。

WNKシグナル経路は、神経分化に関与する。
 ショウジョウバエのWNK(DWNK)の解析から、WNKシグナル経路の新たな下流因子としてArrowhead (Awh)を単離した。また、そのほ乳類の相同因子Lhx8も、WNKシグナル伝達経路により、その発現が制御されており、進化的にも高度に保存されているWNK→Lhx8/Awhという新規のシグナル伝達経路を見出した。さらに、Lhx8は、アセチルコリン性神経の分化に関わっていることから、Neuro2A細胞を用いて、WNKシグナル伝達経路との関連を解析した。WNK1及びWNK4の双方のノックダウンにより、分化に伴う神経突起の伸長が抑えられるという表現型が見られ、さらにはアセチルコリン性神経の分化マーカーの発現も抑制されていた。このことは、WNKシグナル伝達経路が、神経分化にも関与しているという新たな発見であった。また、PHAIIの患者において高血圧以外にも見られる精神発達遅延という症状を考慮すると、WNKシグナル伝達経路は、Lhx8を介して、発症に関与する可能性を示唆する始めての結果である。

WNK4は、FGFシグナル伝達経路の正の制御因子として機能する。
 アフリカツメガエルのWNK4の発現を、アンチセンスMOにより抑制すると、頭部欠損という表現型を示し、頭部や神経のマーカー遺伝子の発現も抑制していた。このことから、WNK4が頭部形成において、重要な機能を持つことが推測される。頭部形成には、様々なシグナル伝達経路が関与するが、その内の一つであるFGFシグナル伝達経路の標的遺伝子、及びFGFシグナル伝達経路による頭部神経マーカーの発現誘導が、WNK4の発現抑制により、抑制されることを明らかにした。また、FGFシグナル伝達経路により誘導されたOSR1のリン酸化が、WNK4の発現抑制により、抑制された。以上の結果から、FGF→WNK4→OSR1というシグナル伝達経路が示され、頭部形成において、WNK4がFGFシグナル伝達経路の正の制御因子として、重要な機能を持つことを明らかにした。

 このように、WNKシグナル伝達経路は、線虫からショウジョウバエ、アフリカツメガエル、ほ乳類に至るまで広く保存されたシグナル伝達経路であり、発生及び分化の様々な過程において関与が明らかになってきた。しかしながら、WNKシグナル伝達経路の詳細な機構や、PHAIIの発症機構などは、まだ未解明であり、今後も解析を続けていく。
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教育活動

細胞内シグナル伝達の分子機構に立脚した先端的基礎医学研究を自立して行える研究者を養成するため、大学院生は分野構成員との技術指導と討議を繰り返した後、独立した研究テーマに携わり、研究を推進していく。この際、分野構成員及び分野外の研究者との討議を引き続き繰り返すことにより幅広い研究視野を養うように指導している。この観点から大学院生を含め分野に所属する研究者は定期的に開催される論文抄読会や研究報告会において発表と討論に参加する機会が設けられている。
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