概要 研究活動 教育活動 教育方針 臨床活動および学外活動
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概要

マラリアおよび顧みられない熱帯病を含む寄生虫疾患は今なお世界各地で猛威を振るい、その対策は世界保健における喫緊の課題である。科学研究は単に寄生虫の生物学的な理解を深めることに貢献するだけでなく、新規なワクチンや薬剤の開発にも繋がると期待される。
本研究分野ではメインテーマとして寄生虫疾患の中でも多数の患者・死者を出すマラリアと住血吸虫症について分子生物学的研究を行っている。マラリアについては熱帯熱マラリア原虫及びネズミマラリア原虫を使い、遺伝子発現における転写因子の役割とエピジェネティックな制御機構に焦点を絞り、研究を進めている(岩永)。これに加え、独自に開発したマラリア原虫人工染色体技術による薬剤耐性遺伝子迅速同定法を用いて実際の患者より分離した耐性原虫から耐性遺伝子を同定し、耐性の分子機構解明を行っている(岩永)。一方、住血吸虫症ではsmall RNAを内包する細胞外小胞による寄生虫間情報伝達機構について研究を進めている(熊谷)。また、流行地におけるフィールド研究も実施しており、住血吸虫症および肝吸虫症の新規診断ツール開発も進めている。
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研究活動

(1)マラリア原虫転写制御機構の解明:マラリア原虫はヒト―感染媒介蚊間で多数の生育ステージからなる複雑な生活環を成立させている。この過程では宿主細胞への侵入・寄生、細胞内増殖、蚊体内での受精、減数分裂など様々な生物学的イベントが起きる。原虫は各生育ステージにおいて特定的な遺伝子発現を行い、生活環を成立させるが、ゲノム解析終了後において転写活性化因子が全く発見されず、転写制御機構は不明であった。一方、我々は遺伝子操作技術を駆使して、世界に先駆けマラリア原虫の転写因子(AP2転写因子)を同定し、更に少数のマスター転写因子が数百の遺伝子の発現を直接制御することにより、生活環を成立させることを解明した 。現在はヒストン修飾・クロマチン修飾因子の転写に与える影響について検討し、これらとAP2転写因子との関係性について研究を進めている。これらの成果を基にマラリア原虫の生活環を成立させる分子基盤の全貌解明を試みている。
(2)薬剤耐性マラリアに関する研究:現在までにヒトに最も深刻な被害を及ぼす熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)においてマラリア原虫人工染色体(Plasmodium artificial chromosome: PAC)と直接遺伝子導入法を独自に開発し、Functional Screeningに基づく薬剤耐性遺伝子迅速同定法の確立に成功している。具体的には薬剤耐性原虫株由来の巨大DNA断片をPACに組み込み、これを野生型原虫(薬剤感受性)内に直接、導入して遺伝子ライブラリーを構築する。次にライブラリーを薬剤スクリーニングし、新たに耐性を獲得した原虫を選択する。選択された原虫には薬剤耐性遺伝子をコードする巨大DNA断片が組み込まれたPACが導入されており、これらを回収・配列解析を行い、耐性遺伝子を同定する。本手法の長所は1)患者由来の一株の原虫から耐性遺伝子を同定できること、2)同定までの期間は2~3か月であること、3)Functional screening(組み込まれた耐性遺伝子の機能発現)により耐性遺伝子を同定するため、確実性が高い(偽陽性の確立が低い)。これまでに東南アジアのフィールド活動により採取した患者由来メフロキン耐性原虫に対し上記手法を適用し、新規ABCトランスポーターをメフロキン耐性遺伝子として同定することに成功した。現在、本手法をガーナ・マラリア患者由来薬剤耐性原虫へと応用し、アフリカでの薬剤耐性マラリアに貢献することを目指している。
(3)細胞外小胞における住血吸虫雌雄コミュニケーションの解明
住血吸虫は雌雄異体の扁形動物であり、神経系、排泄系、生殖系について非常に初期の機能を兼ね備えた生物である。しかし、その複雑な生活史から遺伝子ノックアウト生物の作成が困難であった。近年、RNAiの手技が非常に効果的であることがわかり、遺伝子の機能解析に大幅に貢献してきた。実際に、住血吸虫ではmiRNAの発現も見られており、遺伝子発現調節に強く関与していることが知られている。また、近年注目されている細胞や組織から分泌される細胞外小胞(EVs)を住血吸虫が分泌することが確認されており、その内部には特殊なmiRNAが多量に含まれている。我々の研究において、これらのEVsは住血吸虫が雌雄ペアになることで、大量に分泌され、また、産卵に必要な赤血球の貪食によっても分泌されることがわかってきた。現在、このEVsが雌雄の生殖系の成熟に関与することを調べるために、EVs中のmiRNAをノックダウンする系を開発している。
(4) 蠕虫感染宿主の免疫応答
蠕虫感染宿主の免疫応答は好酸球増多やIgE高値など、いわゆるTh2型応答が特徴である。しかし、これがなぜ誘導されるのか、またTh2型応答が宿主適応のために重要であるのかを標的とした研究を行なってきた。現在は、住血吸虫感染が宿主Th2応答を誘導する際のイニシエーターは何か?Th2応答が住血吸虫症の病理に如何に関与するのか?他の蠕虫、例えば旋毛虫の防御免疫におけるTh2応答イニシエーターは何か?などを当面の検討対象としている。
(5)LAMP法による住血吸虫感染リスクマップ作成
アジアにおいて、中国・フィリピン・インドネシアには日本住血吸虫症が、ラオス・カンボジアにはメコン住血吸虫が流行している。流行地では、年一回のプラジカンテルのmass drug administration (MDA)を行なっているものの、住血吸虫症の感染率は一定数を保ったまま制圧されずに持続的に流行がみられる。この疾患の制圧のためには、薬剤だけではなく、感染源のコントロールも必要であると考えられている。特に感染源となるのは、中間宿主である巻貝で生育した感染幼虫であり、これが水中で経皮的に感染する事で人体に侵入する。我々はすでに中国において、感染貝のスクリーニングを住血吸虫DNAの検出によって行なってきた。特に、PCR法に代わる現場応用可能なLAMP法を開発し、高感度な方法から、大量の貝の同時スクリーニングによって、簡便にスポットごとの感染率を推定する方法を開発した。現在、国立国際医療研究センターとの共同プロジェクトにより、LAMP法により、ラオスでのメコン住血吸虫感染のリスクマップ作成を行なっている。このプロジェクトにおいて、LAMP法が従来の糞便検査法よりも高感度に感染を検出でき、貝の感染も同様に検出することができる事を証明してきた。この情報を基に大規模な感染貝の分布と地図情報を合わせたリスクマップ作成を行なっている。これは、流行地での危険地域の情報共有と未来の感染予測を可能にするベースとなっていくと考えている。
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教育活動

 日本の医療現場における原虫・蠕虫などによる寄生虫感染症への対応は減少傾向を示しているが、近年の社会環境の変化、ペットブームなどに伴って発生動向や疾病構造など、寄生虫病の質的変化が著しい。それに加えて、わが国の物流および人間の出入国の増加に伴い、寄生虫症が流行する熱帯地域の発展途上国からの輸入症例増加がわが国の安全・安心に重大な影響を及ぼすようになった。1970年以降に世界各地で報告が相次いだ新興・再興感染症の中に寄生虫感染症も含まれている事実は、わが国の保健医療分野の指導者が熱帯寄生虫感染症に十分な理解を持つことの必要性を示している。さらに21世紀になってクローズアップされてきた「顧みられない熱帯感染症;Neglected Tropical Diseases, NTD」の大半が寄生虫病である事実は、寄生虫病が国際的に未だ解決されていないことを意味している。本分野ではこれからの保健医療分野で指導的立場につく学生諸君が世界の様々な地域における健康と福祉を理解し、論ずることが出来る人材育成を進めるために、以下の事項を中心に教育している。医学部医学科の医動物学、社会医学、感染症学の他に、保健学科、看護学科においても講義を兼担している。また、従前から医学科のプロジェクトセメスターにおいてはガーナ派遣学生の指導を担当している。

1.日本国内における寄生虫病の実態と診断・治療などの医療対応について
2.世界の寄生虫感染症流行の実態と予防対策
3.病態発現に関連した宿主—寄生体相互作用の生物学的プロフィール
4.熱帯感染症の基礎知識と国際保健のあり方
5. 大学院でのパブリック医学概論講義を担当
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教育方針

寄生虫および寄生虫感染症の知識を教授し、平行して寄生虫疾患を体験することにより、そこに存在する課題を自ら拾いだして問題解決にあたる能力を涵養することを目指している。そのために、座学だけにとどまらず、実習や実地の野外調査になるべく多く参加させて、リアリティをもった課題設定とその解決能力の涵養を心がけている。
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臨床活動および学外活動

 本分野は臨床部門ではないが、寄生虫感染症を対象とした診断法、治療薬研究、発症モデル実験などを行っている。また、国際研究として、流行地の調査研究を積極的に行い、疾病コントロールを通じて調査地域に裨益する研究を目指している。学内外の医療機関との連携を持って寄生虫症診断のアドバイスを通じた臨床寄生虫学の学習も可能である。
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